カラオケ評論家活動

カラオケの「わくわくストーリー」~通信カラオケの誕生に纏わる記事を紹介します。

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通信カラオケが誕生したのは1992年。当時高校2年生だった唯野は、
「アルバム曲も歌えるカラオケができた!」と興奮したものでした。

エクシングさんによる通信カラオケ誕生に纏わる対談記事が公開されました。
https://prtimes.jp/story/detail/oben6QF2woB

対談されている水谷さんは現在のエクシングさんの代表取締役社長、
もう一人の安友さんは通信カラオケJOYSOUNDの産みの親とも呼ばれる方です。

コロナ禍の昨今、カラオケ業界の明るい話題を見つけることはなかなか難しいですが、
こうして通信カラオケのルーツのお話を拝読していると、
改めて「カラオケって凄いんだなあ」といった誇らしい気持ちにもなります。

カラオケファンであればぜひともご一読いただきたい記事です。

市場に通信カラオケが流通し始めたのはJOYSOUNDの発売された1992年ですが、
実はJOYSOUNDよりも少し早く、タイトーさんのX2000という機種が発売されました。
なので、実際には初めての通信カラオケはJOYSOUNDではなくX2000になります。

当時高校2年生だった唯野は槇原敬之さんの大ファンで、
特に1992年発売の「君は僕の宝物」というアルバムを毎日のように聴いていました。

当時からカラオケが大好きだった唯野は、
放課後になると頻繁にカラオケボックスに行って歌っていましたが、
当時のカラオケはレーザーディスクを媒体とするレーザーカラオケが主流のため、
収録曲数にも限りがあることから、カラオケ化されているのはほぼシングル曲でした。

ある日お店で「新しいカラオケがある」と聞いてその部屋に入ったところ、
普段歌っているカラオケと比べて曲数が段違いに多かったのです。

そして、唯野の大好きな「君は僕の宝物」のアルバム曲も何曲か、
しっかりと入っていたのです。
ものすごく感動し、ものすごく興奮しました。

それ以来、カラオケでは必ずその「新しいカラオケ」
つまりは「通信カラオケ」を指定するようになりました。

上記紹介記事の中にもこのようなコメントがあります。

安友:3日くらいで
「ナイト市場からの撤退・主戦場を若者向けのカラオケボックスにする
という戦略の転換を決めました。大変でしたけど、毎日楽しかったですよ。

水谷:「こんな曲がカラオケになるはずがない」というアルバムの曲も入れて
カラオケボックスに置いたら、今度は生産が追いつかないくらい大人気になりまして。

実を言えば、唯野が当時体験していたのはJOYSOUNDではなくX2000のほうでしたが、
それはさておき、当時の通信カラオケ開発者による上記の先見はまさしく正解で、
唯野の周りのカラオケ大好き高校生(当時)たちも
通信カラオケを一度体験してからは、
「通信カラオケのお店に行けば好きな曲がいっぱい歌える!」とばかりに
いつも必ず通信カラオケの部屋を指定するようになりました。

こうして唯野のような若者(当時)のカラオケファンの心を掴んだ通信カラオケは、
その後数年のうちにカラオケシステムのスタンダードとなり、
その仕組みが30年近く経つ今も延々と受け継がれているわけです。

余談ですが、先発のX2000ではなく次発のJOYSOUNDのほうが
今なお健在であり続けることとなった理由の一つとして、
ネットワークインフラの強固さにあったと考えられると思っています。

高校2年生の唯野をすっかり虜にしていたX2000でしたが、
その年の12月頃になると、選曲してから演奏が始まるまでに
ものすごく時間が掛かってしまうケースが時折見られるようになりました。

今にして思うと、通信カラオケが急激に各地に普及したことによって
ネットワークに負荷がかかり過ぎてしまったからなのかなと思われます。
(当時の唯野はそのような仕組みも理由も想像すらできませんでしたが)

一方、JOYSOUNDについては紹介記事でも触れられている通り、
そのインフラのルーツはソフトウェア自動販売機の「TAKERU」ということから、
電子データをネットワーク配信する仕組みが既に出来上がっていたという点で、
インフラ面でX2000よりも優位であったのかと推測されます。

(中学生の時に一度だけ「TAKERU」を使ったことがあります)。
(自動販売機に6000円も入れるのは当時の子供にとってかなりの冒険でした…)。

ちなみに今、タイトーさんのカラオケ事業はエクシングさんに譲渡され、
X2000に関する権利もエクシングさんに引き継がれています。
https://xing.co.jp/archives/2334

本記事をご覧の皆様にはさまざまな年齢層の方々がいらっしゃると思います。

通信カラオケは当たり前で「歌本」すら見たこともないという若い方々もいれば、
レーザーカラオケ特有の大型オートチェンジャーに親しんだ唯野世代もいれば、
8トラカラオケで「歌詞本」を見て歌われたベテラン世代もいらっしゃると思います。

今ではすっかり当たり前の「通信カラオケ」の誕生を
それぞれの世代のカラオケファンはどのように振り返るでしょうか?

 

<追伸>

通信カラオケも今ではDAMとJOYSOUNDの2機種のみですが、昔はいろいろありました。
唯野が学生時代アルバイトしていたカラオケボックスには、
当初はU-karaとX2000が置いてあり、後にDAMとBeMAX’Sになりました。

他にもたとえばセガカラや孫悟空という機種もあり、
最も最近ですとUGAがありました(それでも10年前です)。

このように通信カラオケ黎明期には多くの事業者がメーカー事業に参入されていました。

今となっては、カラオケメーカー事業は新規参入の非常に難しい業種のひとつです。
それは、DAMもJOYSOUNDもそれぞれの年月を重ねた資産を持っているからです。

すなわちそれは「曲数」です。

今からカラオケメーカー事業に新規参入するのであれば、
DAMやJOYSOUNDのように最低でも20万曲は配信しないと到底太刀打ちできません。

20万曲を準備するだけでも初期コストが大きく掛かりますので、
その意味でも「全く新しい機種」というものは当面登場しないと思われます。

それゆえに、DAMにもJOYSOUNDにも今後の益々の発展と健在を願っています。

<追伸2>

近い将来に技術が発達して、
誰もがスマホ操作で簡単にオリジナルのカラオケ音源を作れるような
そんなアプリが登場したら…。

メーカーさんの優位性も崩れてしまうかもしれません。

メーカーさんにはぜひとも今のうちから、
先手、先手で新しいサービスを世に打ち出していただくことを期待します。

それこそが「安友イズム」と言えるものかと思います。

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